ルーティーンワーク?/江蔵耕一さん(62期)


太陽は東から出て西に沈む。コペルニクスの地動説の立場からはごくあたりまえの動きであって地球が爆発しない限り地球の毎日のルーテインワークである。

ルーティンワークの「ルーティン」は英和辞典によれば「ROUTINE」からきており、「お決まりの手順」、「日常的な」「決まりきった」と訳されている。そして「ルーティンワーク」とは「日常の決まりきった仕事」を指す。ちょうど朝の洗面や、ひげそり、お化粧、パソコンのデータ入力などが該当する。

ところで令和二年二月以降、このルーティンワークにプラスされたものがある。それはマスク着用である。

新型コロナウイルスはワクチンの接種が開始されたにも関わらず、令和三年六月十七日現在、世界の感染者数は一億八千万人、死者は三百八十三万人と増加しており、英国の変異株等のウイルスが大阪や東京を中心に猛威をふるっている。我々高齢者にとっては一刻も早くワクチン接種が望まれる。
基本的にはウイルスが変異することは以前からわかっていたことなのだが治療薬のない現時点ではワクチン接種が期待できる対策なのだ。

エアロゾル感染ではマスクも突き抜けていくウイルスなのでマスクだけでは安心できない。日本中の国民がフェイスシールドをしないといけない事態になる可能性もあり、そうなれば普段の生活に大きな影響が生じるであろう。

ところで以前はマスクをしない生活であったが、現在はマスク生活が常態であり、私はマスクの上にマウスシールドをして通勤している。この姿は毎日繰り返すパターンであり「ルーティンワーク」なのである。

それは一九一八年、春スペインマドリードからロンドンのロイター社宛ての一通の電報が悪夢の始まりだった。

その電文は「感染力の強い奇妙な病気が発生」となっていた。

いわゆる「スペイン風邪」である。当時はまだウイルスを顕微鏡で発見することができず、ちょうど第一次世界大戦の最中であったために軍隊の移動により、あっという間に全世界に広がったのである。

最終的には世界で六億人が感染し、四千万人が死亡した。日本国内では二千四百万人が感染、三十九万人が死亡した。横須賀市の人口に匹敵する死者数であった。

歌人与謝野晶子も感染したが評論集の中の「死の恐怖」の部分で
「危険な死の脅威に迫られている」と述べている。
また、女優松井須磨子とのロマンスで知られる劇作家の島村抱月も一九一八年十一月にスペイン風邪で死亡した。

菊池寛はスペイン風邪が日本で大流行した百年前に短編小説「マスク」を発表し、その中で次のように述べている。

「自分は極力外出しないようにした。妻も女中もなるべく外出させないようにした。そして朝夕には過酸化水素水でうがいをし、やむを得ない用事で外出するときには、ガーゼを沢山詰めたマスクを掛けた。そして、出ると帰った時に、丁寧にうがいをした」

当時も今もウイルス対策はまったく同一なのには驚いた。

「極力外出しない」のは「外出自粛」であり、「過酸化水素水でうがい」は「手洗い・うがい」であり、「やむを得ない用事で外出」は「不要不急の外出」と同じなのだ。

百年前というと三世代に相当する。その間に感染症対策のための薬やワクチンの製造もあったが新型ウイルスには科学の進歩は追いつけないのだ。まことに自然の脅威であるウイルスには現在でもワクチン以外では対抗できない。


そしてスペイン風邪の時もマスク着用は必須であり、マスク着用はルーティンワークとなった。マスク着用のルーティンワークは百年以上続いている。


ところでマスク着用は一日中のルーティンワークであるが、毎日の生活の中では時間帯や場所によってルーティンワークは異なる。
ちなみに私の平日に待ち構えている仕事以外のルーテインワークを見てみよう。

AM六時頃起床、同時に独自の体操十分間。
AM六時~AM七時、すぐに外出着に着替える。トイレ、ひげそり、洗面、浴室の掃除とゴミ出し。もちろんうがいも欠かせない。
AM七時~AM七時五十分
朝食準備、コーヒー、食パン、野菜ジュースは定番で、野菜ジュースは前夜にキャベツ、トマト、ニンジン、林檎などを刻んでミキサーに入れておく。
朝スイッチを押すだけで野菜ジュースは完成。食パンは三分程度で焼き上がる。コーヒーはインスタントでお湯をそそぐだけ。食後歯磨きしてマスクとマウスシールドをして家を出る。
AM七時五十五分~AM八時五十五分

バス停から京急バスに乗車。新型コロナ禍で乗客が減り、バス前方の席に座れる確率高し。駅に到着。定期券で改札口通過、八両編成の特急に乗車。
金沢八景駅にて下車。次発あるいは次々発の快速特急又は特急の乗車位置に並ぶ。「左回りの法則」を生かし右側に並んで車両に乗り込むと同時に右側の席を確保。鞄は荷台に置き、文庫本か新書本を読むか、寝るだけ。ケイタイはいじらない。横浜駅でJR根岸線に乗り換え、関内駅で下車。事務所まで徒歩五分で着くがその前にコンビニで百円のコーヒー(夏場でもホットに限る)をテイクアウトして事務所に入る。事務所に入ると同時にマスクを外し、うがい、手洗いの励行。午前中外出先から事務所に帰ると必ずうがい、手洗いする。

PM十二時三十分~PM一時三十分
昼食。ランチはテイクアウト方式。事務所にて食事後歯磨き。午後外出先から事務所に帰るとうがい、手洗いする。
PM六時三十分~PM七時三十分
朝の通勤時間と異なるのは横浜駅は混雑しており、座れないので京急線は快速特急に乗り、金沢八景駅で各駅停車に乗り変えるパターンが多い。金沢八景駅から追浜駅まで一駅であるが座れる確率は高くなる。例のごとくお客はほとんど全員がマスクをして、スマホを見ているか寝ているかどちらかの電車式病院待合室の風景である。特急が来れば朝夕追浜駅に停車するので特急に乗るが、座れることは百パーセント無理。事務所から自宅まで水を飲む以外はマスク装着。
PM七時三十分~PM十時三十分
帰宅後マスクを外し、ただちにうがい、手洗い励行。自室に行き、寝間着に着替え、夕飯のあとは歯磨きとお風呂。そして就寝となる。


これらの平日「ルーティンワーク」は一年半近く経過した。
一日の「ルーティンワーク」を見てみると案外色々な行為がなされ、体が動いているのがわかる。しかし、それも健康であるからこそ動けるのであり、高齢者になるとひざの痛みや腰痛など動きに支障が出始めてくる。特に足の衰えがひどくなって前かがみの状態になると要注意である。
通勤時は若い人が多いので、前かがみになっていると高齢者はすぐに追い抜かれる。つとめて早足で歩くようにしているが、いかんせん、「泣く子と加齢」には勝てず、若い時より歩く速さが遅くなっているのが実体である。
そして新型コロナウイルスが目々の「ルーティンワーク」でさえ、変えてしまうのが恐ろしい。

2021年09月09日|公開:公開