花橘54号 連載(4) 先輩セミナー2003 篠崎孝子さん(45期) 有隣堂会長

先輩セミナー2003

―魅力と特色プラン委員会―

開催日および講師紹介

①9月23日(土)
 内海 功さん(90期)慈恵医科大学病院麻酔科医
②10月18日(土)
 濱野 穆さん(54期)産婦人科医・高齢者福祉
 安部 治子さん(91期)助産師
③10月18日(土)
 小川高義さん(71期)横浜市立大学助教授・翻訳家
④11月15日(土)
 篠崎孝子さん(45期)有隣堂会長
⑤11月15日(土)
 中島陽一さん(50期)声楽家
 村川静香さん(92期)ピアニスト
⑥12月6日(土)
 佐分利昭夫さん(50期)九州工業大学講師


篠崎孝子さん(45期、有隣堂会長)

 おととしの「先輩セミナー」では、1年生の全員が終始無表情なのに本当にびっくりしました。終わってからガックリと落ち込んだのを覚えています。ところが、後で送られた感想文を見て、またびっくり。みな自分の言葉で生きいきと的確に書いているのです。この落差の大きさは、一体どういう事なのかな?
 今回は前回の戦争中の話を受けて、戦後の話をしようと思います。
 昭和20年1月30日付 学校より保護者向けの文書(実物のコピー)にあるように、戦争中、生徒たちは授業を受けずに軍需工場で働きました。敗戦の時、私たちは海軍の工場にいました。正午から始まった玉音放送は全員が直立不動で聞きましたが、全く意味不明です。将校から「負けたんだ」と聞かされて、皆抱き合って号泣しました。日本は必ず勝つと信じていましたから、茫然自失。明くる晩、灯火管制が解けて電気の光がまぶしかった以外は、記憶に残っていません。
 11月初めに学校に行ったら、それまでの「軍国主義」教育から「民主主義」へ180度ひっくり返っていました。先生方もさぞかし戸惑っていらしたと思います。戦争中は「鬼畜」と呼ばれていた占領軍のアメリカ兵は、当初の想像とは全く違い、皆やさしく親切で友好的だったことも、とても大きなインパクトでした。本牧の山をブルドーザーで崩し、海岸をどんどん埋め立ててゆく光景を見ているうちに、はじめて「これじゃあ日本が負けるのは当然だな」と思ったものです。そうこうしているうちに卒業となりました。その後の3~40年間は、戦後の混乱の中で味わった複雑な思いから、平沼は私にとって全く無縁の存在になっていました。
 敗戦50年目の時、クラスメイトに「"昭和20年の思い出を語る会"をやりませんか」と呼びかけたら、予想以上の人が集まりました。会場で、昭和20年5月29日の横浜大空襲、敗戦直後の食料買出し、昭和27年の血のメーデー事件など、自称「焼け跡派」たちのさまざまな思い出に接している内に、敗戦当時の苦しい体験が、現在の自分の大切な基礎になっていることにはじめて気づきました。そして、卒業後初めて「母校に行ってみよう」って気持ちになったんです。あの時、一人で校門に足を踏み入れた途端に、全身が鳥肌立ったのを覚えています。
 いま私は、物販・教育・治安(公安委員)の分野を体験していますが、どの組織に所属する人もそれぞれ自分の仕事に一所懸命です。でも自分の世界にばかり気をとられ「他の世界を知らない、知ろうとしない自分」に気づかないのが、ちょっと気になります。進んで他の世界に挑戦すべきです。すると「目に貼りついたウロコ」が剥がれやすくなるんですね。私は男兄弟に囲まれて、自分が女であることを意識せずに育ちましたが、仕事と子育てに苦闘する中で「私は女なんだ」と気づいたお陰で「女性能力開発」の大切さが見えてきました。それを会社で実践し、全国的な評価を受けました。
 皆さん、是非未知の世界に飛び込む勇気をもって下さい。そのためにも、若いうちに知的なスタミナを付けることは大切です。自分オリジナルの思考回路づくりを目ざし、自分の言葉で、具体的に表現する努力を忘れないで下さい。そして何時も「ほほ笑み」を忘れずに、世界に通用する「いい人間関係」を築いて下さい。そうすることが次の時代を担う『人柄』の基礎になると信じています。皆さんの成長を楽しみに見守りたいと思います。

【生徒の感想】

  • 私が先輩セミナーで篠崎さんの話を聞こうと思ったのは、普段よく利用している有隣堂の会長はどんな人なんだろう?と興味があったからです。最初は話の内容に興味があったのではなく、ただ見てみたいというくらいの気持ちでした。でも、実際に話を聞いてみると戦争中の様子や篠崎さんの体験談など、内容はすごく濃いものでした。
     子どものために包帯をぬすんだお母さんの話とか、戦争中は学校に行ってもほとんど授業はなかった話とか、私が予想していた、有隣堂の会長さんの話とは違いましたが、とても興味深い話でした。途中で、みんなで立って近くにいる人の目をじっと見るというちょっとゲームみたいな事もあって楽しかったです。ただ、友達の目を見るだけなのになんとなく恥ずかしかったりして、人の目を見るということはすごく簡単なことに思えて、実は難しいことなんじゃないかと思いました。篠崎さんは「人の心は目に表れる。」と言っていました。私もこの先輩セミナーをきっかけに人の目をよく見るようにしたのですが、本当に人の心は目にでるということに気づきました。悩みを打ち明けてくれている時の友達の目と一緒に笑っている時の目とでは本当に全然違うのです。大げさに言えば、顔全体を隠して目だけを見たとしてもその人が悲しいか楽しいかわかるかもしれません。そのくらいアイコンタクトは人とコミュニケーションをとるのに重要だと思います。私は今までも話をする時は人の目を見てるつもりだったけど、これからももっとアイコンタクトを大切にしたいなぁ……と思いました。

  • 篠崎さんを見て、まず思ったことがありました。それは目の力があると感じたことです。私が今まで接した人の中でも、ベストテンに入るくらい、力強い目をしていました。その目からは意志の強さを感じとれた気がします。いろんな話を聞いていくうちに、篠崎さんはたくさんの経験をして、今でも忙しい日々をすごしているんだと知りました。意思や心がしっかりした人でなければ、こんな生き方はできないだろう、と思い、すこしうらやましくも感じました。人を比べるのは良いことだとは思いませんが、私のまわりの人で、篠崎さんのような、しっかり物事をとらえて力強く生きていこうとする人はなかなかいない気がします。そう思った時に、言葉にはできませんがなんだか悲しい気持ちに少しだけなりました。今では戦争も無いし、世の中を必死で生きようとしなくても、生きることができてしまう時代だと思います。その中で、日本人の思考や価値観も変わっていくのだと思います。だけど、そんな変化の中でも残していくべき心とか物の考え方はたくさんあると私は思っています。それが篠崎さんにはあるんじゃないだろうか、と思うのです。

2021年06月22日、真澄会から母校図書室に、創立120周年記念の本棚を寄贈するにあたり、有隣堂様との打合せが必要となったため、篠崎さんが真澄会室に来訪してくださいました。

以下はその時に、篠崎さんと図書館司書の丸山さんが、笑顔で撮影した写真です。

スタッフより:

篠崎さんが冒頭でおっしゃっていた、2年前(52号)の先輩セミナーも後日掲載する予定です。

どうぞお楽しみに。

2021年06月23日|公開:公開