県立高女時代~昭和初期

1926年(大正15年)(昭和1年)

高女入学試験〔~24、国語、算術、身体検査〕(3/23)
本校生徒定員1,000名となる(4/1)
校地南西部6坪を県警察部に貸与(6/23)
岡野公園にて運動会開催(10/15)

1927年(昭和2年)

五十嵐校長退任、県立横須賀中学校長・河邊良平、第4代校長に就任(3/4)

女子師範学校が分離し、立野に独立(3/31)
5年生、関西修学旅行に出発(5/12)
富士登山〔4、5年生有志他〕(7/28)
第1回県下女子中等学校大会でバスケットボール部優勝(10/17)
第10回体育大会開催、5年生がファウストを踊る(11/2)
新校舎建築地鎮祭(12/25)

1928年(昭和3年)

第25回卒業証書授与式挙行(3/17)
本日より毎週土曜日放課後、真澄会主催の編み物講習会開催(6/23)
徴章〔バッジ〕制定(6/28)
生徒写真帳作成のための撮影始まる〔以後恒例化〕(7/4)
県下女子庭球大会において岡本・杉本組優勝(9/23)
新校舎落成式を挙行、総工費44万9千円余り。来賓約300名(10/30)

新校舎において授業開始(11/19)

1929年(昭和4年)

「天覧体操」およびマスゲームの総合練習を行う(4/19)
昭和天皇が本校に「行幸」〔9:55~10:15〕。5年生125名「天覧」マスゲームに出場(4/23)




天皇行幸記念事業実施〔記念植樹、温室建設、御座所保存、記念音楽会等(4/24~11/10)

関連リンク:昭和天皇御手植えのヒマラヤ杉



新設テニスコート開き(5/25)
アルプス、大島旅行隊出発〔以後恒例化〕(7/25)
真澄会館竣工〔校庭西北側〕(11月)
真澄会主催会館落成記念音楽祭開催(11/8)


当時の生徒たちは、天皇陛下が前をお通りになった時すごく緊張して、ずっとお辞儀をして頭を上げられなかったそうです。

「靴だけは見えた」という先輩が、ずっと後になってから教えてくれました。

1929年:世界恐慌始まる

1930年(昭和5年)

校名を「神奈川県立横浜第一高等女学校」に改称(4/1)
洋服の校服制定(4/1)
創立30周年記念式挙行〔文部大臣田中隆三臨席〕(5/3)


全日本女学生庭球選手権で力石・旗智組、中島・河村組ベスト4(7/26)
全校生徒、東京湾汽船菊丸で房州へ遠足〔’33年まで続く〕(10/9)
排球部、関東選手権兼全日本選手権関東予選・優勝(10/12)
ハンドボール部、スケーティング部発足